人生を変えたワーホリ生活。- オーストラリア/メルボルン – ②

2020年6月5日

お給料

皿洗いとして週に5日間働けたことで、生活は無事にできるようになりました。
そして、毎日の貪欲な探究とアピール(笑)が身を結び、ピーク時間帯でのコーヒーセクションのフォローに呼ばれるようになりました。

そこから週に1日バリスタポジションとしてのシフトをもらえるようになり、2日、3日と増えていったんです。( その分皿洗いの仕事は減り週に5日勤務は変わらず )

そしてそして、運がよかったのはその後。

ベッドバリスタ( バリスタポジションのリーダー )が1ヶ月のホリデー( 休暇 )に入ることになったんです。
必然的にそのお店でのバリスタポジションが週に5枠減るじゃないですか?

その5枠を任されることになったんです!

もちろんベッドバリスタのポジションはマネージャーが代わりを務め、その補助的なポジションですがシフトをもらうことになりました。

それが決まった時は嬉しいよりも緊張が先に来ましたね。そんなにも早く全部を任されるなんて思ってなかったので、自分にこなせるのかどうか、不安でした。
バリスタとして働いて給料をもらえるようになり、ここからだ、やっとスタート地点に立てたと思ったのを今でも鮮明に覚えてます。

恩師との出逢い

この出逢いが以降の人生が大きく変わったと言っても過言ではありません。

現在のパートナー( 妻 )が見つけたお皿洗いの仕事。
そこはコーヒーセクション専用のディッシュウォシャーがいるくらい忙しいカフェ。
振り向いたらバリスタ達がすぐそこでコーヒーを作っている環境でした。

そのカフェで扱っていた豆がSYMMETRY COFFEE ROASTERS ( 旧Maling Room )でした。

そう、その恩師はAERU COFFEE STOPを立ち上げた時に扱わせてもらってたSYMMETRY COFFEE ROASTERS のオーナーのAndrew( アンドリュー )です。

彼は卸先に週に一度豆を車で配達していました。
卸先のバリスタと毎回しっかりコミュニケーションを取り、クオリティチェックは欠かさない人でした。

そんなある日、コーヒーセクションに見たことない日本人の女性( お皿洗いしている現妻 )がいるわけです。
当然話しかけられ、いろいろ質問されたそう。

どこから来たのか、何しに来たのか。

コーヒーを勉強しに来たけど経験がないから仕事が見つからなくて、お皿洗いの仕事してるんだ

と話したら、俺のところに勉強しに来いと誘ってくれたんです!!!!!!!!

そんなことがあった日の夜、僕はその話を聞きとても羨ましく思ったのを覚えています。
バリスタとして一応給料はもらえているけれど、見様見真似でコーヒーを作ってるだけ。
もっともっとしっかり勉強したかったので、嫉妬するほど羨ましかったです。

妻が初めてトレーニングに行った日の帰り、アンドリューに誰と住んでるのか聞かれた際に、ボーイフレンドと住んでいて、彼も同じようにコーヒーの勉強しに来たんだと伝えてくれたんです。

そしたら

そいつもトレーニングしにくればいいじゃん


と何故かわからないけど、誘ってくれました。
それを聞いた僕は二つ返事でお願いしますと電話をかけ、トレーニングに行けることとなりました。

これが私たちAERU COFFEE STOPの2人と恩師のアンドリューとの出逢いです。

この日から約2ヶ月、週5日働いて、休みの週2日間はトレーニングという無休の生活が始まります。

先に言っておくと、かなりキツい生活でした。

仕事はもちろん毎日クタクタですし、トレーニングも無給で店舗のオペレーションに加わる代わりにコーヒーを教えてくれるというもの。

働くには変わらないんです。
なので、約2か月、休みなく動き続けました。

先のことなどどうなるかわからないけど、とにかく目の前のことを集中して我武者羅に直向きに素直に向き合い続けました。

貴重な経験

話の途中ですが、この時のことを振り返るとすごく貴重な生活を送れたなと思います。

何かにあそこまで必死に打ち込めたことは後にも先にもないと言えるほどでした。

体力的に折れなかったのも、コーヒーを学ぶという事ができている楽しさが肉体的に疲労を上回っていたんだと思います。

あの時期がなければ今がないと思うと、死に物狂いで頑張ってよかったと心から思えます。

もう一度やれるか?

と言われたらノーですね。笑

最初に働くことができたカフェ
( Brother Thomas )でバリスタとして働いていた時の写真